20世紀後半に入って、人類は非常に多くの種類の化学物質を大量に生産、使用するようになりました。2024年4月現在、米国化学会のChemical Abstract
Serviceには、約2億7,400万種類の化学物質が登録され、このうち約10万物質が商業的に製造・販売されているといわれています。また、廃棄物の焼却に伴うダイオキシン類や水道水の塩素消毒に伴うトリハロメタン類のように、意図しないのにできてしまうものも少なくありません。これらの化学物質の中には、人や野生生物に悪影響をもたらすものがあります。また、環境中からも極めて多種多様な化学物質が検出されています。しかし、環境基準などが定められ、排出や使用の規制が行われている化学物質はごく少数しかありません。
このような状況から、1992年の国連環境開発会議(地球サミット)において、化学物質管理のための課題がまとめられ、経済協力開発機構(OECD)が1996年2月に各国政府に対して「環境汚染物質排出・移動登録(PRTR)」制度を導入するように勧告しました。
日本では、1999年7月に「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(通称:PRTR法または化学物質排出把握管理促進法」が成立し、2001年度分から、有害性があり国内取扱量が多い化学物質の排出量等を翌年度に届出することになり、毎年2〜3月頃に前年度分の情報が公表されてきました。2021年10月には、対象物質の見直しに係る政令改正が行われました。この改正に基づく事業者の排出量等の把握は2023年度から開始され、2024年度から届出が行われています。
2024年2月には、2022年度分の情報が公表されました。
なお、このPRTR制度は、米国、カナダ、英国、オランダでは20年以上前から実施されており、韓国、台湾などのアジア地域を含めた各国で導入されています。
日本のPRTRの仕組みを下図に示します。
全ての製造業(23業種)、金属鉱業、原油・天然ガス鉱業、電気業、ガス業、熱供給業、下水道業、鉄道業、倉庫業、石油卸売業、鉄スクラップ卸売業、自動車卸売業、燃料小売業、洗濯業、写真業、自動車整備業、機械修理業、商品検査業、計量証明業、一般廃棄物処理業、産業廃棄物処理業、医療業、高等教育機関、自然科学研究所の
46業種の従業員数21人以上の「事業者」が、
462種類の指定化学物質を1%以上(人に対する発がん物質は特定第1種指定物質とされ、0.1%以上)
含む化学品を純品換算で
1トン以上(2002年度分までは5トン以上、特定第1種指定物質は0.5トン以上)取り扱っている工場等の「事業所」(従業員数によらない)について、
大気、公共用水域、土壌(自社埋立地を含む)
への排出量および
下水道への放流量、
廃棄物の処理・処分のための搬出量(これら2つを移動量と言います)を調べて、都道府県を経由して所管官庁に届出します。
その際、事業者が営業秘密になることがあれば、化学物質名を隠して届出することの許可が申請できますが、今までこのような事例はありませんでした。
所管官庁は、届出をまとめて環境省と経済産業省に通知し、両省は、これらと届出義務のない従業員数20人以下の小規模事業者または少量取扱事業所(
裾切り以下の事業所と言います)、農業を含む届出義務のない
非対象業種および家庭や自動車などからの排出量を推計して都道府県別に集計します。
さらに
環境省と経済産業省は、これらの値を都道府県別、物質別、業種別、環境媒体別などに
集計して公表します。また、申請されれば、
個別の事業所の排出量や移動量の情報をすべて提供します。
なお、届出をしない場合、および虚偽の届出をした場合には、罰則が課せられることになっています。
PRTRの基本的考え方や方法は、従来の日本の環境保全対策の考え方や方法と以下の点で大きく異なります。この新しいPRTR制度は化学物質による環境リスクの予防的な管理方法としてだけでなく、企業の経営戦略、関連科学技術の発展、および国民の理解にも大きく役立つ画期的な制度です。
- 人だけでなく、動植物の健全な生育や生息についても配慮されます。
- 被害や因果関係が証明されなくても潜在的に有害な多数の化学物質を対象とします。
- 大気、水域、土壌などの個別の環境媒体だけではなく、全ての環境媒体を対象とします。
- 排出濃度ではなく、排出量や移動量が把握されます。
- 企業は規制値を守るだけでなく、自主的に取り扱っている化学物質の量の管理を行います。
- 登録された排出量や移動量が整理され、誰でも利用できる形で公表されます。
- 制度の改定や運用まで、行政、事業者、国民の合意形成に努力が図られます。
PRTR制度の本質的な目的は、
『市民、事業者、行政等が協力して有害化学物質の環境への排出量や使用量などを減らし、より安全で安心できる社会を構築する』ことです。具体的には、以下のことができるようにするための制度です。
本ホームページでは、これらの具体的な目的に対して、PRTR制度が有効に機能するための
使いやすい情報を全国を統一した形で提供しています。
- 化学物質の発生源の全体像が分かります。
- 大気、水域、土壌、下水道等のすべての環境への排出量が分かります。
- 環境中の濃度の予測がしやすくなり、環境測定の結果と合わせて、環境汚染の実態が把握できます。
- 規制されていない物質、生態系に悪影響がある物質の管理もできます。
- 発生源と周辺環境のリスクとの関係について適切な情報が提供できます。
- 地域ごとのリスクの比較ができ、リスクの高い地域の把握ができます。
- 国、地方公共団体の適切な化学物質対策の企画立案ができ、対策効果の追跡ができます。
- 各事業者が他の事業者と比較して、自らの環境への負荷を把握できます。
- 事業者が効果的な削減対策を進める際の優先取り組み物質がわかり、対策効果の評価やPRもできます。
- 国、地方公共団体、事業者、国民、民間団体の間で情報が共有され、リスクコミニュケーションが促進できます。
- NGO・市民が公表情報を上手に活用し、環境を守る消費活動を行うとともに、地域の企業や行政に対して化学物質対策の提案等を行うことができます。
- 研究者が公表情報を活用して、新しい有効な環境測定・評価方法や汚染防止技術の開発を進めることができます。
国からは、2024年(令和6年)3月に、令和4年度分について、全国、都道府県別、46業種別、462物質別に、以下のような情報が公表されました。
(→
環境省 PRTRインフォメーション広場)
- 32,209の事業所から届出された対象化学物質の大気、水域、土壌への排出量と事業所内での埋立量、および「移動量」と言われる下水道への放流量と廃棄物としての搬出量(届出データ)
- 対象業種で常庸従業員数が20人以下の小規模事業者や年間取扱量が1トン以下(発がん物質は0.5トン以下)の事業所(「裾切り以下の事業所」と言われています)からの推計排出量
- 道路工事業など対象業種以外の事業所からの大気と水域への推計排出量
- 自動車・二輪車など(「移動体」と言われています)からの大気への推計排出量
- 家庭・水道水などからの大気と水域への推計排出量
- 農耕地やゴルフ場などでの農薬の推計排出量(使用量)
また、a. の届出数値については、環境省または経済産業省のホームページから直接データファイルをダウンロード(
http://www.env.go.jp/chemi/prtr/kaiji/)できますが、開示請求(
http://www.env.go.jp/chemi/prtr/kaiji/kaiji2.html)をして個別事業所についての情報をCD-R等で入手することもできます。
これらの国から公開されたこれらの情報は、基本情報として大変有用ですが、化学物質の排出量や移動量の都道府県別の情報や個別事業所の情報だけでは、大きく毒性の異なる化学物質による地域の環境汚染による悪影響の可能性(潜在危険度)の程度や対策の必要性は分かりません。そこで、
どのような地域で、
どのような物質を、
どの程度の緊急性をもって、調査や削減対策などを進めたらよいのか、
どの程度を目標にすればよいのかなどを
分かりやすく加工する必要があります。
一方、
都道府県ごとに、様々な情報が公開され始めていますが、それぞれ
違う方法で解析されたり、表示されるため、
相互比較ができません。また、全く地域情報が公開されていない都道府県もあります。
そこで、本ホームページでは、
全国を統一した形で、排出量や移動量だけでなく、
各化学物質の毒性を考慮した、分かりやすく、使いやすい地域(市区町村)情報などを提供することにしました。
なお、
農薬については、国は排出量として取り扱っていますが、排出先が不明であり、水域へ到達する前に分解等が起こり、
事業所からの水域等への排出量と比較したり加算することはできません。そこで、本ホームページでは、
排出量ではなく、「使用量」として別に取り扱うことにしました。ただし、届出のあった農薬の量については、他の物質と同様に排出量として取り扱うことにしました。
このホームページで提供している情報は、
『行政、事業者、市民・NGO等が協力して有害化学物質の環境への排出量や使用量などを減らし、より安全で安心できる社会を構築する』ために、各都道府県や市区町村、各事業者や市民・NGOが、
(a)どのような地域で、どのような物質を優先して調査・検討したらよいのか、
(b)どの程度の緊急性があるのか、
(c)努力の成果がどのくらいになったのかなどを
全国統一した形で、分かりやすく、使いやすく示したものです。
ただし、
届け出漏れの事業者もあり得ます。また、国で推計された数値は、いくつかの
仮定や近似を基にして推算された値です。このため、
厳密に正確な値ではなく、有害化学物質の調査や削減対策の参考とするための目安の値であることに十分注意してください。
とくに、少人数事業者または少量取扱事業所(
裾切り以下の事業所)
からの排出量については、多くの問題点が残されていますので十分に注意してください。
また、できるだけのチェックはしていますが、莫大なデータを加工していますので、誤りが皆無とは言い切れません。誤りを発見された方は、当研究会にメール(info◇ecochemi.jp ※お手数ですが「◇」を半角の「@」に変更願います)でお知らせ下さい
(電話でのお問い合わせには応じかねます)。なお、疑問がある場合には、必ず記載されている情報源で確かめて下さい。
本情報の作成・発信は、エコケミストリー研究会が横浜国立大学大学院環境安全管理学研究室の長年の研究成果を利用し、横浜国立大学発ベンチャー(有)環境資源システム総合研究所と協力した
莫大な作業を基にしたものであり、エコケミストリー研究会会員の会費等で運営されていますので、
本情報を営利目的に使用することは堅くお断りいたします。なお、非営利目的であっても、本情報を使用した結果については一切責任を負いません。
本ホームページでは、
工業用の原材料や副資材・添加剤、塗料や接着剤、洗剤等の工業製品、自動車などから排出される化学物質と、
農薬として使われる化学物質とに分けて情報を提供することにしています。ただし、両方の用途に使われていて届出排出量のある、亜鉛の水溶性化合物、銅水溶性塩、ブロモメタン(臭化メチル)、チウラム、オキシン銅、ジラム、ポリカーバメート等については、両方で情報提供することにしています。とくに、届出事業所からの排出量を分かりやすく加工して提供しています。
なお、
農薬に含まれている有効成分以外の化学物質(アセトニトリル、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(C=10-14)、エチルベンゼン、キシレン、クロロベンゼン、トルエン、フタル酸ジ-n-ブチル、ベンゼン、ポリ(オキシエチレン)=アルキルエーテル(C=12-15))、ポリ(オキシエチレン)=オクチルフェニルエーテル、ポリ(オキシエチレン)=ノニルフェニルエーテル)等についても、溶剤類は届出排出量に比べてごく少量であること、その他の物質についても少量のものが多く、使用後の大気への気散率や水域への流出率が不明であり、事業所からの排出量と加算できないことから、考慮しないことにしました。
事業所から届出された農薬の排出量については、農業用等に使われている量に比べて少量であり、また、ごく一部が工業用薬剤や医薬品などとして使用されているものも、大部分が下水道業と廃棄物処理業からの排出量だったので、特別な表示はしないことにしました。
土壌への排出量については、全国で約2.2トンであり、大気や水域への排出量に比べて非常に少ないため、市区町村別に分けることはせず、各都道府県別のデータのみを表示することにしました。
事業所内埋立量については、全国で約5,100トンあり、無視できない量ですが、原則として周辺環境に悪影響がないように管理され、人や水生生物が暴露される可能性が低いと考えられるため、今回は市区町村別に分けることはせず、都道府県別のデータのみを表示することにしました。
下水道への放流量と廃棄物としての搬出量(両者を合わせて「移動量」と言われています)については、他の市区町村に運ばれて何らかの処理がされることが多く、未処理で残った分が下水処理場あるいは廃棄物の処理場や処分場のある市区町村で排出量または埋立量などとして算定されるべきものです。しかし、現時点ではこれらを推計することができないこと、また、届出対象外の事業所や家庭等からの移動量が推計されていないことなどから、当面は市区町村別に分けることはせず、都道府県別のデータについてのみ表示することにしました。
なお、
個別事業所から届出された排出量や移動量については、環境省または経済産業省のホームページでデータをダウンロードできるほか、本ホームぺージと相互リンクしているNPOの
有害化学物質削減ネットワーク(Tウォッチ)でも分かりやすい形で検索できます。
本情報を活用して、行政、事業者、市民、NGO等が協力して、それらを調査、検討してPRTR制度の目的と各自の責任を周知し、正しく運用されるようにして頂くことを期待しています。